


引き続き、慶応義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント学科の稲葉俊郎特任教授に睡眠と入浴など、ご自身のウェルビーイングの実践的な取り組みについてうかがいました。
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おふろと健康、ウェルビーイングについて専門家に聞く!【前篇】

稲葉俊郎(いなば としろう)
1979年熊本生まれ。2004年、東京大学医学部医学科卒業。 東京大学医学部附属病院 循環器内科助教(2014年~2020年)を経て、2020年、軽井沢病院総合診療科医長(2022~2024年、病院長)。2024年5月より、慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科(SDM) 特任教授。東北芸術工科大学客員教授(山形ビエンナーレ2020, 2022, 2024芸術監督)、武蔵野大学ウェルビーイング学部客員教授を兼任。医療と芸術、福祉、湯治など、他分野と橋を架けwell-beingの場の研究と実践に関わる。【著書】『いのちを呼びさますもの』(2017年) 、『いのちは のちの いのちへ』(2020年)、『からだとこころの健康学』(2019年)、『いのちの居場所』(2022年)、『ことばのくすり』(2023年)、『山のメディスン』(2023年)など。HP:https://www.toshiroinaba.com/(写真)出典:photo by. Kohei Yamamoto
「ウェルビーイング=ご機嫌」で生きていく
「ウェルビーイング」という言葉は少し難しく感じるかもしれません。ですが、私はこの言葉を「ご機嫌」と訳しています。
私はご機嫌な人、ご機嫌な社会が好きです。お金がなくても、クリエイティブで楽しく、ご機嫌に生きていたいと思っています。
例えばおふろに入ったとき、「はあぁ」と自然に深く息を吐いた声が漏れることがありますよね。これはからだがゆるもうとして出てくる“からだの声”なんです。あたま・からだ・こころがリラックスし、調和している状態といえます。
深呼吸がもたらす調和
登山好きな人の多くが、下山後の温泉を楽しみにしているのではないでしょうか。それは、疲労した体が本能的に回復を求めているからです。おふろに入って深く息を吐くことで、自然のリズムとからだのリズムが一致し、心地よさが生まれてきます。
私にとってこの「心地よさ」こそが、ウェルビーイングの状態そのものです。
こころの構造―無意識のちから
こころには「意識」と「無意識」があります。
生命の大部分は植物性臓器である無意識が担っていて、意識と無意識が補うように調整し合うことで、生命活動を維持しているのです。
西洋では「自我」という意識の世界から無意識を探る心理学が中心ですが、東洋ではより無意識に近い「自己」という全体像でこころを捉えています。「意識と無意識は一体であり、複数の層構造になっている」、つまりは、からだとこころは切っても切れない関係だと考えられているのです。これは身体観や世界観の違いによるもので、どちらが優れているという話ではありません。
すぐれた芸術は「こころ」と「からだ」を癒す医療

日本の伝統芸能や能楽などは、からだとこころをひとつに調和させた“場”です。
例えば世阿弥の『風姿花伝』では、演者の「おもひ」が観客の奥深くにある感情を目覚めさせると記されています。また、芸能とは、「こころを和らげて寿や福を増やし、寿命を長くするためのもの」だとも述べています。
これは医療にも通じ、人間の生命の力は無意識の中にあり、無意識に触れることで生命の力が高まるのです。
良質な芸術は「無意識」に届く
良質な芸術はこころの奥底にあるイメージ層やさらに深い無意識の層に作用し、無意識を活性化させます。
例えば、日本庭園は私にとって“医療的な空間”のような存在です。庭をただ見つめ、そこに座るだけで、心が自然と落ち着いてきます。部屋の模様替えも同じで、家具の配置やモノの位置が少し変わるだけで、気持ちが整ってくることがありますよね。
こうした変化は、「こころの部屋を模様替え」するようなもので、心に癒しをもたらしてくれるのだと思います。
睡眠とおふろ―からだのリズムを整える

私たちの意識活動は、睡眠と覚醒のリズムを繰り返しています。意識がある状態と意識がない状態を振り子のように周期的に変動することが、生命の全体性を保つ上で重要なのです。
生まれた時から、「寝て起きる」ことを当たり前のように繰り返していますよね。この不思議なしくみは、からだや脳の活動を強制的に休ませることで、生命本来が持つ治療や調和の力を最大限に引き出そうとする生命活動とも言えるのです。
また、睡眠には「レム睡眠」と「ノンレム睡眠」があります。
現代人は、眠りを非生産的で無駄な時間と考えがちですが、実際は逆です。良い眠りこそがからだに治癒や再生、創造的な効果をもたらすのです。
湯治=眠りの質を高める

「湯治」と聞くと特別な体験のように感じるかもしれませんが、実は、その本質は眠りの質を高めることにあります。
おふろでからだを温めると、2〜3時間後に自然と眠気が訪れます。そのタイミングを逃さずに眠ることで、深く良質な睡眠が得られるのです。
おふろでととのう、『マインド風呂ネス』のすすめ

まず、「瞑想」と「マインドフルネス」は別ものです。
瞑想は、自分の意識の状態をやわらかくほどいていく行為です。「眠らないように意識を保ちながら」、意識の深い層へゆっくりと降りていく、そんな状態を“意識的に”つくり出します。瞑想中は、意識と無意識が重なり合い、両方が同時に存在しているような感覚になります。深層のイメージが浮かび上がり、まるで広大な海に浮かぶ船のように、こころが静かに動き始めるのです。
マインドフルネスは、仏教の「八正道」における「正念(正しい心の向け方)」を英訳した言葉です。アメリカの精神科医ジョン・カバット・ジンが、これを臨床的な技法として体系化し、「マインドフルネス・ストレス低減法(MBSR)」として広まりました。
その本質は、「今ここ」に意識を向けて、思考を手放す時間をつくること。「おふろに入ってぼーっとする時間」も、実は立派なマインドフルネスの実践です。これを『マインド風呂ネス』と呼んでいます。
おふろが生み出す「こころ」と「からだ」の極上の時間
おふろは生命を呼びさます場とも言えるでしょう。
私は、おふろでは照明を消し、暗がりの中で過ごします。水の浮遊感に身をゆだねると、まるで洞窟の中や、羊水の中にいるような感覚に包まれます。
「眠っている」「起きている」「おふろに入っている」、その境界を失ったときに、意識と無意識がゆるやかに溶け合う極上の時間が訪れるのです。
おふろは「地球がつくった病院」

インタビューの最後に、稲葉教授はこう語ってくださいました。
「地球がつくった病院が温泉だと思っています。ぜひ温泉を新しい視点で訪れてほしいです。地球を“治癒的な空間”と見立てることが、新しい医療の創造につながると思います。私にとって最強の癒しはおふろで、おふろ空間は生命の力を高める“根源的な場所”なんです。」
おふろ部としても、稲葉教授の今後の活動に注目していきたいと考えています。ありがとうございました。
【紹介著書】


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編集部おふろ部
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