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風呂サブスクリプション │ 河邉徹(WEAVER)

2020-11-01

WEAVERのドラマー、そして広島本大賞2020を受賞した小説家でもある河邉徹による、

お風呂をテーマにした不思議で面白いショートショート連載!第18弾!

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「風呂サブスクリプション」

 

タカシは家の風呂に浸かりながらふと思った。もっと大きな風呂に入りたい。
二年前に不動産会社の人に連れられて内見し、この家に決めたが、あの時一番妥協したのがこの風呂場だった。家賃に対して立地も広さも問題なかったが、やはり風呂が狭い。一人暮らしの家の風呂なので仕方ないのだが。
タカシは、もし毎日違う風呂に入れたら、もっと違った楽しい日々があるのではないかと思う。しかし、銭湯に通うのはお金がかかる。積み重ねは馬鹿にならない。
例えば一ヶ月、毎日銭湯に通うとお金はいくらくらいかかるのだろう。そう思い、タカシは「銭湯 月額」と調べてみた。
検索を進めていくと、変わった記事にたどり着いた。
「風呂サブスクリプション……?」

どうやら月額で、色んな銭湯に入ることができるサービスがあるらしい。詳細を見ると、近所にある銭湯でも使うことができるようだった。
これは画期的だ。音楽はサブスクリプションで聴いているが、まさか風呂もあるとは。
タカシは普段からサブスクリプションで音楽を聴いていて、その便利さを気に入っていた。風呂も毎日選んで入ることができたら、きっと楽しいだろう。
タカシは早速サービスに登録し、月額を払って色んな風呂に入ることにした。

 

タカシは風呂のサブスクリプションを満喫していた。
その日も、近所のある一つの銭湯で汗を流した。気分で好きな風呂を選んで入ることができるのは楽しかった。
しかし、風呂から上がってふと思ったのは、自分はいつも同じ服で銭湯に来ているということだった。近所なのでスウェットで来ているが、一着しか持っていないのでいつも同じ格好だ。タカシは仕事に行く時も、二種類くらいの服を交互に着ているばかりだった。
ちょうどその時、脱衣所のカゴから服を持ち上げると、カゴの底にラミネートされたチラシが入っているのを見つけた。

 

【服サブスクリプション! 月額で服を借りることができます】

 

そこにはそんなことが書かれてあった。
これまで服は買うのが当たり前だったが、なんと今はこんなサービスもあるらしい。タカシは、これは便利そうだと思った。特にこだわりがないので、いつもと違う服を着られるだけで助かる。
家に帰って、タカシは早速服のサブスクリプションについて調べてみた。月額を払い好きな服を選べば、郵送で届くらしい。タカシはすぐに登録し、会社に行く時用の服と、銭湯に行く用のスウェットを何着か借りた。

 

タカシは会社に行っていつものデスクに座って仕事をしていた。
「タカシくん、最近毎日違う服を着ているね」
上司が、自分の服を見ながらそう言った。まさか上司がそんなところに気付くとは思わず、タカシは驚いた。
「そうなんですよ。最近サブスクリプションにハマってまして」
「サブ……なんだって?」
「サブスクリプションです。それが、とても便利なんですよ」
タカシは上司に丁寧にサブスクリプションの説明をした。月額を払って受けられるサービスだと。
「ほう、それは便利そうだね。僕もやってみることにしようかな」
上司はいいことを聞いた、というような顔をしていた。自分の話した情報で喜んでもらえるのは嬉しかった。

 

タカシは次の週、契約を更新するために不動産会社に訪れる必要があった。
「何か家に関して、困ったことなどないですか?」
担当の人にそう尋ねられた時に、タカシはサブスクリプションのことを彼にも話してあげようと思った。
「風呂が、やっぱり狭いですね。だから最近、風呂のサブスクリプションを始めたんですよ」
「サブスクリプションですか! いいですね。僕も利用してるんですよ」
どうやら彼は知っていたらしい。
「知っていましたか。便利ですよね」
「はい。実は最近、うちの会社も家サブスクリプションを始めたんですよ」
「家ですか……?」
家のサブスクリプションなんて、どういうことなのだろう。
「あれ? 考えてみれば家賃を毎月払ってるので、これは元からサブスクリプションじゃないですか」
「いえ、その家賃にさらに一万円払うと、うちの物件の空いている好きな家に帰ることができるというサービスです。色んな家を経験できるんですよ。その日空いていたら、どこを選んでいただいても結構です」
なんだそのサービスは。すごく面白そうじゃないか。
「どこかに出かけた帰りに、その日の気分で近い物件を使うことができますよ」
「色んな家に行けるなんて楽しそうですね。それ、やってみたいです」
サブスクリプションにハマっているタカシは、すでに前のめりだった。

 

家のサブスクリプションに登録した。
その日から、仕事の帰りはアプリで検索して、空いている好きな家に帰ることができた。世の中には様々な物件がある。サブスクでなければこんなにたくさんの部屋を経験することはできない。毎日が刺激的だった。好きな音楽を聴き、好きな銭湯に行き、好きな服を着て、好きな家に帰る。
サブスクリプションを始める前の自分のことが、考えられないような暮らしだった。

 

タカシはいつものように、月額を払い、借りてきた服を着て仕事に行った。
しかし、いつもの自分のデスクに違う人が座っていた。
「あれ、ここは僕の席じゃ……?」
「お、タカシくんか」
上司に呼ばれた。
「今日は君じゃないんだよねー」
上司は少し申し訳なさそうに言った。
「僕じゃない? どういうことですか?」
「今日から、人サブスクリプションを始めたんだよ」
「人……?」
「そうだよ。月額を払って、好きな人を必要な時だけ呼ぶようにしたんだ。いやー便利だね」
「え……そんなことが許されるんですか?」
「君もサブスクリプション賛成派でしょ? こっちだって色んな人と仕事を経験したいからね。選ばれない人は、まぁ、そういう時代だから仕方ないよね。また、気が向いたら君を選ぶよ」
タカシは打ちひしがれた気持ちで家に帰った。
家の風呂に浸かりながら、こんな時代に、一つのものを大切にするのもいいな、と思った。

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河邉徹

WEAVERのドラマーで小説家。お風呂は一日に何度も浸かる派です。 おふろ部では、お風呂の魅力が伝わるような物語を書いていけたらと思っています!

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