「GO TO 風呂!!」
風呂が好きな僕は、日々色んな銭湯に行くのが好きで、そこにお金をかけていた。なので他の銭湯好きの人と同様に、今の状況には不満があった。
この国の旅行大臣は「GO TO トラベル」というものを始め、国が旅行にかかる代金の一部を補助するという施策を始めた。さらに飲食大臣は「GO TO イート」というもので、外食にかかる代金の一部を補助することを決めた。それらは観光地や飲食店を活性化させるためのものだった。
しかしこのままでは、銭湯好きはこの制度の恩恵に与ることができない。銭湯ももっと活性化して欲しい。不公平である。
そこで銭湯好きの国民は声をあげた。すると風呂大臣は国民の声を聞き入れ、「GO TO 風呂」という制度が始まった。
僕はその日もまた銭湯にいた。
「なぁ、『GO TO 風呂』使ったか?」
たまに銭湯で会う、顔見知りのおじさんにそう尋ねられた。
「あ、もう始まってるんですか?」
「GO TO 風呂」が始まると発表された時、これはラッキーだと思った。しかし実際には使い方を調べるのが面倒で、情報を集めることを先送りにしていた。
「もう始まってるらしいぞ。俺みたいなおじさんには理解が難しい制度だが、お前なら使えるんじゃないか? きっと得だぞ」
「そういうのって使い方が複雑ですからね。これから調べてみることにします」
僕は利用してみることにした。
世の中で話題になっている「GO TO トラベル」を、僕は結局一度も使っていなかった。「GO TO トラベル」を使った友人に聞いたことだが、どうやら手続きが面倒らしい。直接宿を予約することはできず、旅行代理店に行ったり、大手旅行サイトから予約したりしないと補助はされないのだとか。
そんな仕組みに対して、結局大きな会社が儲かるだけの制度じゃないかと悪く言う声もあった。そういう仕組みを作っている政治家にも、裏でその会社からお金が入るようになっているんじゃないかという噂もある。まぁ、ほとんどが証拠もない、噂に過ぎないことだが。
いくら複雑でも、同じ税金を払ってるのに使わなければ損だろう。僕はせっかくならこの「GO TO 風呂」を活用しまくって、元をとってやろうと思った。
しかし考えてみれば、銭湯に関しては代理店や予約するサイトなど存在しない。どういう仕組みで利用できるのだろうか。「GO TO 風呂」のサイトを検索すると、そこには利用するのに必要な手順がシンプルな言葉で書かれていた。僕はそれに従い、一つ一つタスクを達成していくことにした。
[STEP1 お近くの役所に行って、申請書をもらいましょう]
役所は自宅から自転車で十五分の場所にあった。どうして役所に行くというのは、こんなにも人を面倒な気持ちにさせるのだろう。そもそもこんな時代にデータではなく紙が必要だなんて、なんて役所は時代遅れなんだろうか。不満に思いながらも、僕は税金を取り返すつもりで役所に申請書を貰いに行った。申請書は銭湯に行く度に一枚必要になるらしい。僕はとりあえず上限の十枚をもらってきた。
[STEP2 必要事項を記入した申請書に、利用した銭湯でハンコをもらいましょう]
手書きで一枚一枚、名前や住所などを書かなければいけないらしい。しかもハンコだなんて、ますます時代遅れである。それでも僕はその夜しっかりと記入をして、近くの銭湯に行った。すると、予想外のことを言われたのだった。
「うちの銭湯はそんな面倒なことしないよ。ハンコなんてないね」
どうやらここは対象外の銭湯らしい。仕方なく違う銭湯に行くと、そこではハンコを押してもらえた。ちゃんと対象の銭湯を知っておく必要があるようだ。
僕はそれから、銭湯に行くときは必ず申請書を持って行った。対象となっている銭湯とそうでない銭湯は、半々くらいだった。
[STEP3 ハンコが押された申請書を、お近くの役所にお持ち下さい]
どうやらもう一度役所に行く必要があるらしい。なんだか一気に面倒になってきた。ここでやめるという選択肢が頭をよぎったが、せっかくここまでやったのだ。僕はハンコを押してもらった十枚の申請書が無駄にならないように、役所に提出しに行くことを決めた。
申請の窓口は混んでいるようで、僕は長い時間待たされた。やっと番号を呼ばれたので窓口へむかい、僕はそこにいる女性に申請書を提出した。すると、その女性は顔をしかめる。
「あぁー、この申請書はハンコの位置が間違ってますね。この場所は、役所側がハンコを押す欄です」
僕は返された紙を見た。すると、ハンコを押す欄が二つ並んでいて、銭湯の人が間違えて違う方に押していたようだった。
「ちょうど半分が間違えてますね。この五枚は無効です」
「え、ハンコの位置が違うだけで無効になるんですか?」
「だって間違えてますからね。よくあるんですよね。ちゃんと、押してもらうときに確認した方がいいです」
「よく間違えるって……そんな間違えやすいデザインにするのが悪いんじゃないですか?」
「そんなこと、窓口の私に言われても困ります。私が作ったわけでもないですし、変更する権限もないです」
「そうでしょうけど……」
確かにこの人に怒っても意味はない。ともかく、半分は申請が通ったのだ。
「こちらの五件分は、銭湯の料金の半額分のクーポンが受け取れます。あちらの窓口へどうぞ」
僕は別の窓口に移動し、クーポンを受け取った。入浴料は五百円弱。その半額の五回分なので、もらったクーポンは千円ちょっとだ。
多い額ではないが、目的は達成できた。仕組みの複雑さに文句もつけたくなったが、今はクーポンを受け取った達成感がそれを上回っていた。
僕はその日も銭湯に来ていた。
「GO TO 風呂」のサイトの[STEP4 クーポンを利用しましょう]というところをぼんやり眺めていた。そこでちょうど、この前話したおじさんがやってきたので、僕は報告することにした。
「僕、やっと『GO TO 風呂』利用しましたよ。いやー複雑で大変でした」
「さすがだな。確か、クーポンがもらえるんだろ?」
「はい、受け取れました。早速使ってみようと思います」
「使えるところが限られてるらしいから、気をつけないとな」
「え、そうなんですか?」
「確か東京だと、どっかの大手ファミレスと居酒屋でしか使えないらしいぞ。俺もよく知らないけどな」
「じゃあ、普段そこに行かない人は使えないじゃないですか」
「でも、もらえたんだからいいじゃないか。若者は得でいいなぁ」
僕はそれから、「GO TO 風呂」のサイト上でクーポンを使える店を調べてみた。おじさんの言っていた通り、それは一部の飲食店でしか使えないものだった。
獲得するのも一苦労で、さらに使い勝手も悪い。どうしてこんな仕組みになったのだろう……?
それから数週間後、テレビでニュースを見ていた。風呂大臣は、大手ファミレスと居酒屋から献金を受け取ったことが明るみになり、辞職することになったらしい。