おふろ部

WEAVERのドラマー、そして広島本大賞2020を受賞した小説家でもある河邉徹による、

お風呂をテーマにした不思議で面白いショートショート連載!第17弾!

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「古びた洗面器」

 

 

僕は浴室を見渡した。綺麗な浴室は、掃除がいき届いていた。
僕はここで、もう長く使われている洗面器だ。もともとクリーム色だった体は、長く使われ、今は少しくすんでいる。どれだけ洗っても、もう元の色には戻れない。
浴室の外の突っ張り棒に、バスタオルがかけられた。真っ白で、汚れのない新品のバスタオルだ。
「あのー、私昨日から来たバスタオルです。洗面器さん、よろしくお願いします」
バスタオルさんはこちらに向かって話しかけて来た。
「あぁ、どうも。よろしく」
「私、やっと買ってもらえたんですよー。長い間お店にずっといて」
「そうなんだ。ついに選んでもらえて良かったね」
なかなか選んでもらえないことがあるのは、自分もよく知っていた。
「いつか買ってもらえることを夢見てたんですけど、なんかもう、待ってる間にバスタオルでいることに飽きちゃったんですよね」
「飽きちゃった?」
バスタオルさんは白い姿に似つかわしくなく、どこか悲しそうに言った。
「長い時間待ってる間に、周りに言われたんですよ。どうせ買ってもらっても、誰かの体を拭くことしかできない、それしかできない運命だって言われて」
僕は、その言葉がとても懐かしく感じた。
「その気持ちわかるよ。でも、そんな周りの言葉なんて、気にしなくていいよ」
遠い昔、洗面器の僕も、同じことを思っていたから。

 

 

目の前を定期的に人が行き交っていた。カゴを持っている人、カートを押している人。一人の人、カップル、家族で来た人。
たまに、こちらを興味深く眺める人はいるが、大抵は視線もくれずに通り過ぎていく。
そりゃあそうだ。目立つ場所に置いてもらっているが、たまたま見かけたからと言って、洗面器を買おうとはならない。
隣にはバスチェア、シャンプーのボトルなどが並んでいる。僕は棚の一番上に、一つだけでポツンと置かれていた。
「洗面器くん、君は今日も売れなかったね」
少し離れたところから声が聞こえた。
「洗濯機さん……どうも」
洗濯機さんは一つ離れた区画に置かれているが、わざわざいつも偉そうにしてくる、苦手なやつだった。
「僕はね、ついに予約が入ったんだ。来週運ばれることになったよ」
「……それは良かったですね」
「僕くらい多機能になるとね、使う人が選ばれるんだよ。僕はなんでもできちゃうから。洗濯に脱水、乾燥機までついてる。洗濯にも六種類も洗い方があるんだ」
「そうなんですね」
「いいなぁ君は。お湯をすくう。それだけだから、誰でも使えるもんね。あ、でもそれなのに売れないなんて、大変だね」
彼は上機嫌そうに言った。僕は腹が立ったが、本当のことなので何も言い返さなかった。
「お湯をすくうことしかできないなんて、君は悲しいなぁ」
来週に彼がいなくなるなら、静かになっていいなと思った。

 

 

次の日のことだった。
「あー、ここにあった」
一組の夫婦が、僕を手にとった。小学生くらいの子どもの兄弟を連れていた。
「うん、いいんじゃないかな。これにしよう」
僕は突然、その家族に選ばれたのだった。
そのままレジに連れて行かれ、僕はその家族の家にやって来た。
そしてその夜から、早速風呂で使われることになった。
――お湯をすくう。それしかできないんだもんね。
洗濯機さんに言われた言葉を思い出した。
僕はこれから、それだけを続けていく運命なのだ。
「お、新しいの、持ちやすいな」
お父さんはそう言った。
そこが売りなので、認めてもらえて嬉しかった。
それから何日かした頃だった。

 

 

兄弟はそれぞれ、僕を見て何かを思いついたようだった。
弟の方は、僕を湯船の上に浮かべて人形遊びをした。僕を船と見立てて、ソフビ人形を乗せて、海の上で戦う空想遊びをしているらしい。湯船の上では、いつも激しい海戦が繰り広げられていた。僕がいないと、たくさんの人形が命を落としただろう。
僕は船として役立った。
お兄ちゃんの方は湯船に浸かっている時に、突然僕を裏返して、お湯に沈め始めた。お湯の中で、僕の中には空気が溜まっている。そして彼は鼻を摘んで上を向いたままお湯に潜り、僕の中に顔を突っ込んだ。彼はお湯の中で、忍者になったつもりで誰かから隠れているらしい。
僕は忍者ごっこのアイテムとして役立った。

 

 

僕の話を聞いて、バスタオルさんは嬉しそうにしていた。
「お湯をすくう、だけじゃなかったんですね」
「うん。だから僕らはね、周りに決められるよりも、たくさんの可能性があるんだよ」
誰かが決めた向き不向きに、縛られる必要なんてないのだ。
「その兄弟は、まだこの家にいるんですか?」
「いや、二人とも大きくなって家を出ていったよ。弟は、人形遊びの経験を活かしてシナリオライターになったらしい」
「それはすごいですね。洗面器さんのおかげじゃないですか」
「そうかもしれないね」
「お兄ちゃんの方はどうなったんですか?」

「彼はちゃんと、忍者になったよ」

誰かが決めた向き不向きに、縛られる必要なんてないのだ。

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河邉徹

WEAVERのドラマーで小説家。お風呂は一日に何度も浸かる派です。 おふろ部では、お風呂の魅力が伝わるような物語を書いていけたらと思っています!

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