おふろ×アイデア

ハゲをとめるために

2020-05-01

WEAVERのドラマー、そして広島本大賞2020を受賞した小説家でもある河邉徹による、

お風呂をテーマにした不思議で面白いショートショート連載!第12弾!

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「ハゲをとめるために」

 

「あれ、拓也。ちょっと、おでこ広くなってない?」

鏡に映る俺を見て、麻美子が言った。

お風呂からあがった俺は、ちょうどドライヤーで髪を乾かしているところだった。

同棲をし始めて、しばらく経ってからの出来事だった。

「そうかな? 昔からこんなもんだった気がするけど」

俺は鏡の中の、自分のおでこを凝視した。

まだ二十六歳だが、人によっては早い場合もあると聞く。

「いや、進んでるよ。絶対」

「んー」

言われてみればそんな気もする。

おでこの左右の生え際が、少し広い。

でも昔からこんなもんだと言われたらそんな気もする。

わざわざ自分の生え際なんて、普段見ることもないし。

「これは、早く対策考えないといけないね」

麻美子はなぜか俺以上に前のめりの姿勢だった。

俺の彼女の麻美子は、自慢じゃないが可愛い。

理想のタイプだった。

俺はムダ毛への意識が低い女子が好きではない。

麻美子は長く一緒にいる俺の前でも油断せずに、しっかりムダ毛を剃っている。

さらにこうして、俺に対して献身的になってくれるのだ。

「そんなに彼氏がハゲるのが嫌か?」

「そりゃ、将来が心配になるし。大丈夫、ハゲても好きだよ」

それならいいが。

「対策ってどうすればいいかな。俺の頭皮」

「まずは効果のありそうなシャンプーを使ってみようよ。なんかいいやつないか、調べて買ってくるね」

それはありがたい。

俺が選ぶより、きっといいのを選んできてくれるだろう。

 

 

次の日、麻美子は近所の薬局の袋をさげて帰ってきた。

「いいやつ見つかった?」

「うん。このシャンプーを使えば頭皮がすごく潤うんだって。でもね、ネットで情報を集めたら、もちろんシャンプーは大事なんだけど、それよりも頭のマッサージが大切みたい」

「へぇーそうなんだ」

「だから、今日から私がシャンプーしてあげる」

「は?」

「自分じゃうまくできないでしょ?」

「そうだな……」

それから、麻美子は俺が風呂の時間に浴室に入ってくるようになった。

スウェットの下をまくって、服を濡らさないようにしながら、器用に俺のシャンプーをする。

もちろん、買ってきたシャンプーを使ってだ。

麻美子の指使いはまるで美容院のようだった。

 

 

絶妙に心地いい。

「上手だな」

「でしょ? それも調べたんだ」

「シャンプーのやり方を?」

「そう。動画とか見てね」

なんと熱心な彼女だろう。

彼氏のためにここまでやってくれるなんて。

こんないい彼女、別れる理由などない。

 

 

 

麻美子がシャンプーをしてくれる日々が半月ほど続いた。

毎日飽きずに俺の髪を洗ってくれている。

「どう? 自分で効果ある感じする?」

「どうだろな。前よりちょっと頭皮に潤いがある気がする」

いいシャンプーの効果か、少し触った感じが違う気がする。

「私もシャンプーしてあげるようになってから、自分の手まで潤ってる感じするよ」

「ほんとか? 麻美子は影響受けやすいからな」

麻美子はなんでもすぐに影響を受けるタイプだから、思い込みかもしれない。

だけど、シャンプーにいい成分が入っているのは事実だろう。

そんなある日、麻美子はまた新しいアイテムを買って帰ってきた。

「シャンプーの後にやるべきなのが、この育毛エッセンスらしいよ」

買ってきたボトルを俺に見せる。

髪を乾かした後にそれをつけるといいらしい。

「なんか、この歳で育毛ってやだなぁ」

「何言ってるの。早めに始めるのが大切なんだよ。私が塗り込んであげるから」

その日からシャンプーをしてくれるだけでなく、お風呂上がりに髪を乾かした後、麻美子は育毛エッセンスまで塗り込んでくれるようになった。

液体をたっぷり手に出して、それを俺の頭皮に塗っていく。

それと同時に、指先で入念にマッサージしてくれる。頭皮にしっかりと成分が擦り込まれていくようだ。

気持ちいい。

「こうやって、頭皮の筋肉を動かす必要があるんだって」

「へぇー。効果ありそうだな」

「きっとあるよ」

逆に、ここまでしてもらってハゲてしまうと、なんだか申し訳ないなと思った。

 

 

 

 

それから一ヶ月が経った。

麻美子はシャンプーとエッセンスを使ってのマッサージをまだ続けてくれている。

でも、俺の生え際は最初の頃とあまり変わらない様子だった。

「んー、あまり変化ないなぁ」

鏡の前で、マッサージをされている自分の頭を見ながら俺は言った。

「毎日見てるから気づかないだけで、実は結構増えてたりするんじゃない? 知らないうちに生えてるもんだよ」

「そうかな。まぁ、確かに少しずつの変化だったら、自分じゃ気づかないよな」

きっと久しぶりに見た人は、その変化がわかるんだろう。

もし、誰かに言われたら麻美子に報告しよう。

「はい、今日のマッサージ終わり」

「ありがとう」

立ち上がろうとした時、ふと一瞬、黒いものが視界に入った気がした。

なんだろうと思って振り返る。そして、俺は気づいてしまった。

マッサージをしていた麻美子の両手の指先から、大量の毛が生えていることに。

 

 

 

俺は別れを決意した。

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河邉徹

WEAVERのドラマーで小説家。お風呂は一日に何度も浸かる派です。 おふろ部では、お風呂の魅力が伝わるような物語を書いていけたらと思っています!

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