おふろ×アイデア

わんちゃんシャンプー

2020-04-01

WEAVERのドラマー、そして広島本大賞2020を受賞した小説家でもある河邉徹による、

お風呂をテーマにした不思議で面白いショートショート連載!第11弾!

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「わんちゃんシャンプー」

 

 

「マル、今日はお風呂だぞ」

と、僕が言うと、マルは露骨に嫌そうな顔をする。

犬にも表情ってあるよな、と僕は思う。

マル。

犬種はマルチーズ。

マルをお風呂に入れるのは月に一度だ。

ちゃんとブラッシングして、手玉などをとってから浴室へ連れて行く。

「綺麗にしてやるんだから、そんなに嫌がんなよ」

僕は嫌がるマルを抱きかかえて、浴室へ運ぶ。

「あ、お風呂入れてあげるの?」

廊下に立っていた妹が言った。妹はたまに散歩をしてあげるくらいで、ほとんどマルの世話はしない。

「マル、いつも嫌がってるよね」

「そうだなぁ。子犬の頃から、風呂はそんなに好きじゃなかったっぽいけど」

「シャンプーの匂いが嫌とかあるのかな?」

「んー、普通に濡れるのが嫌なんじゃない。どう?」

とマルに尋ねても、答えるわけがない。

「喋らないから分からないね。シャンプーかえてみたら、嫌がらなくならないかな?」

「新しいの買ってきてくれんの?」

「えー」

そんなやりとりをしながら浴室まで連れて来る。

ここまで来たら、さすがにマルも観念したように大人しくなる。

お尻からぬるいお湯をかけて、体全体を濡らしてあげる。

そして足から順に洗っていく。

そのあと、シャンプーを使って泡立てていく。

その間のマルの顔は、無表情にも不愉快そうにも見える。

ドライヤーで乾かすところまで含めると、結構時間がかかる。

これだけしてあげて、嫌がられるなんて。

 

 

一ヶ月後、妹は本当にシャンプーを買ってきた。まさかマルのためにこの妹が何かをするなんて、信じられなかった。

「……何これ? 『わんちゃんおしゃべりシャンプー』?」

それは、今まで見たことのないボトルだった。

「そう。犬の気持ちに寄り添うシャンプーだって。今話題なの。きっとマルも喜ぶよ」

「こんなの使って大丈夫か? ってか、自分でシャンプーしてあげなよ」

「私しないよ。やり方わかんないし」

なんてわがままな妹だ。

でも、せっかく買ってきてくれたんだから、使ってやるか。

僕は嫌がるマルを抱きかかえ、浴室へ行く。

いつも通り体を濡らして、それからシャンプーをつけた。うん、普通に使える。大丈夫だ。

「新しいシャンプーはどう?」

マルにきいてみる。答えるわけがない。

「……悪くないな」

どこからか、低い声が聞こえた。

「え……?」

「まぁ、シャンプー自体が好きじゃないけどな」

僕は驚いて辺りを見渡す。

「だ……誰だ?」

「いや、俺だよ」

僕は手元を見る。まさか、マルが喋っている? 愛らしいその姿からは想像できないような低い声だ。

「喋んの……?」

「早く終わらせろよ。シャンプー、気持ち悪いんだよ」

「わ、わかりました」

僕は急いで、泡を流してあげる。

終わるとマルはブルブル震えて、水滴を浴室中に飛ばす。

そしてもう、喋らない。

ここから、普段ならしっかり拭いてドライヤーをしてあげるのだが……。

僕はもう一度試したくなった。

おしゃべりシャンプーとは一体なんだ。

ボトルからシャンプーを手に出して、マルにつけて泡立てていく。

「……どう?」

と、僕は訊いてみる。

「あのな……」

とまたマルが話し出したので、僕は叫んで妹を呼んだ。

 

「マルが、マルが喋るぞー!」

「おい、やめろ」

マルは可愛い顔のまま、凄みのある声を出した。

「どしたのお兄ちゃん」

妹がやってきた。

「マルがな、喋るんだよ」

「本当に? マルー」

「……」

何も言わない。まじかこいつ。

「まぁ、そりゃそうだよね」

妹は心配そうな目をこちらに向けて、去っていった。

「おいマル、なんで喋らないんだよ」

「喋ったら面白がってまたシャンプーするだろ? 月に一回だから我慢してるんだ。それ以上したら脱走するからな」

怖い。

僕はすぐに泡を洗い流した。

 

 

それから一ヶ月後、またマルにシャンプーをする時期が来た。

「お兄ちゃん、今日は昼からしばらく断水するらしいよ」

まじか。

これは、シャンプーが途中でできなくなり、マルに怒られるフラグが立っている。

「早めにシャンプー終わらせてくる!」

僕はマルを浴室に連れてきた。

この不思議なシャンプー、もっと話題になっていいはずなのに、そこまで世間に知られていない。

シャンプーをしながら、マルに話しかける。

「もしかすると、他の犬も面白がられるのが嫌だから、喋れても喋らないのかな」

「ああー、そうかもな。面倒だしな」

と低い声で答えた。

「こっちは月に一回でも、こうしてマルと話せるのは嬉しいよ」

「それは良かった」

相変わらずぶっきらぼうなやつだ。

「そのシャンプー、試しにお前が使ってみたらどうだ?」

「犬用のシャンプーを?」

「そう。人間が使うと、いいことが起こるぞ」

いいことってなんだろう。

僕は試してみようと思い、シャワーで髪を少し濡らす。

そしてシャンプーを手のひらに出した。

髪につけると、普通に泡立つ。うん、使えなくはない。

そう、言おうとしたところだった。

「ワンワン!」

自分の声が、犬になっていた。

「うわー、マジで使うじゃん」

「ワン!」

「そうそう、人が使うとそうなんのよ。騙されてやんの」

「ワンワン!」

やばい。

僕はすぐに洗い流そうと思った。

急いで蛇口を捻る。

しかし……水が出ない。

「お兄ちゃん、どしたの?」

妹が来た。やばい。

僕は事情を説明する。

「ワンワン!!」

僕の説明は、結構元気な犬の鳴き声になった。

頭にはシャンプーの泡がついたままだ。

「ちゃんと、マルにシャンプーしてあげなよ……」

妹は心配そうな目をこちらに向けて、去っていった。

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河邉徹

WEAVERのドラマーで小説家。お風呂は一日に何度も浸かる派です。 おふろ部では、お風呂の魅力が伝わるような物語を書いていけたらと思っています!

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