おふろ×アイデア

イケメン風呂

2020-03-01

WEAVERのドラマー、そして小説家である河邉徹による、

お風呂をテーマにした不思議で面白いショートショート連載!第10弾!

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「イケメン風呂」

 

 

「い……E判定?」

舞は学校で、模試の結果を受け取って愕然としていた。

「もうダメだ……」

高校三年生、夏の模試の結果がこれでは、もうどうしようもない。

現役生は直前の追い上げが強いという噂もあるが、そこまで頑張り続けられる自信はなかった。

親は成績を良くするために、授業料の高い塾にも行かせてくれている。

それなのに、その結果がこれだ。

モチベーションがなくなっているのが自分でもわかる。

奮い立たせてくれる何かがないと、勉強する気が起きない。
舞が落ち込みながら、トボトボと学校帰りの道を歩いていると、路地の先に古ぼけた本屋を見つけた。

いつからあったのだろうか。いつも歩いていた道のはずなのに、ずっと気がつかなかった。
アンティークな外観に惹かれて、舞は本屋に近づいてみる。

扉の上の看板には「ふる本屋」と書かれていた。古書店ということだろう。

扉を開けて中に入ると、紙の匂いと、仄かにシャンプーのような甘い香りがした。

「いらっしゃい。よく見つけたね」

 

 

背の高い、細身の男性が立っていた。色白の肌に切れ長の目、そして高く通った鼻筋。
かなりのイケメンだ……。舞は自分の体温がわずかに上がるのを感じた。

「おしゃれなお店ですね」
「ありがとう。君は本が好きかい?」
そう尋ねたイケメン店員の顔に、舞は見とれていた。ずっと見ていられる、美しい顔だ。

「……君、可愛い顔をしてるね」

不意に店員がそんなことを言った。意外な言葉に舞はドギマギとした。

急にそんなことを言えるなんて、やはりイケメンはすごい。

「そ、そんなことないです」

「そんなことあるよ。学校でモテるでしょ。何かお探しの本はあるかい?」

舞は本棚に視線を送った。眺めているようで、ほとんど視線で撫でているだけだ。

「えっと、本、是非読みたいんですが、私は今受験生なんです。勉強しないといけないんで、受験が終わったら、また来ようと思います」

「なるほど、参考書なんかも一応取り揃えているよ。ほら、そっちの棚に」

舞は参考書の棚に目をやった。様々な種類の参考書が揃えられていたが、なぜか全部ページ数の少ない、薄い参考書ばかりだった。

読みやすそうだな、と思う。だけどこれ以上勉強しても、今の自分は成績をのばせないような気がする。

「君は、イケメンは好きかい?」

突然そんなことを訊かれて、舞は一瞬言葉に窮した。そして「え……まぁ」と曖昧に肯定するような返事をする。

「そこにある参考書はそんな君にオススメだから、買ってみるといいよ」

「は……はい、買います」

イケメンにそう言われては、もう買うしかない。舞はすぐにそれを購入した。

「では、楽しいバスタイムを」

彼は爽やかに、そう言った。

「バスタイム? どうしてですか?」

「ん? 普通に、お風呂を楽しんでねってことだよ」

「なんで古本屋なのに、お風呂なんですか?」

「古本屋? 違うよ、よく見てごらん。ここは『ふろ本屋』だ。間違えて来たのかい?」

「え?」

「看板を見てきてみなよ」

舞は店の外に出て、看板を確認した。確かにそこには「ふろ本屋」と書かれている。「る」ではなく「ろ」だ。ややこしい。こんなの見間違えるに決まってる。

「じゃあ、ふろ本を売ってるってことですか?」

「その通り。その参考書も、お風呂で読むといい」

「なんでお風呂なんですか?」

「そりゃあ、お風呂で浸かってる間に本を読む人は多いんだよ。その時間がより楽しくなる本を揃えたいと思ったんだ。君が今持ってる参考書も、お風呂で勉強できる用に作られたんだよ」

はぁ、と舞は力なく返事した。

「では、楽しいバスタイムを」

およそ書店員のセリフではないようなことを言って、彼は舞に微笑みを向けた。

舞は首を傾げながら、買った本を持って家に帰った。

 

勉強しなければいけない。でも、やる気が出ない。舞は自室の机の前でうなだれていた。

今日はイケメンと話せて嬉しかったが、厳しい現実は続いている。
とりあえず、お風呂に浸かって頭をスッキリさせよう。ちょうど、お風呂で勉強する用の参考書もある。
お湯を溜めて、舞は湯船に浸かって参考書を開く。
まず、開いたところに書いてある参考書のタイトルに驚いた。

「イケメン参考書?」

どうやらその参考書には、随所にイケメンのイラストが描かれており、その吹き出しで解説をしてくれているようだ。

今は色んな参考書があるんだなと思った。しかも、心なしかさっきの店員に似ている気もする。
買ったのは、イケメン参考書というシリーズの中の、歴史の参考書だった。歴史は舞の一番苦手な科目だ。
一ページ目から読み始める。あまり期待してなかったが、意外と解説がしっかりしていて読みやすい。

お風呂はそれ以外のことができないので、読むことに集中できる。
順番に解説を読み、ついに最後のページまでたどり着いた。

ページ数が少ない理由は、頑張れば一回の入浴で最後まで勉強できるからかもしれない。
しかし最後のページをめくると、予想外のことが書かれていた。

[この参考書を、湯船の中に入れてください]

え? 参考書を?

舞は訳が分からなくなった。

こんな、紙でできた本を湯船に入れていいはずがない。もしかして防水仕様なのだろうか。

舞は試しに、その本の端だけお湯に浸してみた。

すると、本の端が光って湯の中に溶けていく。不思議な出来事に、舞は驚いて手を離した。

湯船に落ちた参考書は、みるみるうちにお湯の中に溶けていく。

舞は焦って本を掴もうとしたが、全く摑むことができず、参考書はお湯の中で影も形もなくなった。

「どうしよう……」

そう呟いた途端、湯船の外、洗い場から男の声が聞こえた。

「どうも、最後まで読んでくれてありがとう。勉強頑張ったね」

なんとそこには、あのふろ本屋のイケメンが立っていたのだ。

舞はとっさに洗面器で自分の体を隠す。でも、まさか。どうかしてしまった。

勉強のし過ぎで、イケメンの幻覚を見ているのかもしれない。

「最後まで勉強を頑張った子は、しっかり褒めてあげないとね。偉い偉い」

イケメンがその手で舞の頭を撫でる。火照った顔がさらに火照る。

夢心地のままその綺麗な顔を眺めていると、イケメンはすっと湯気の中に消えていった。

 

 

次の日、舞はふろ本屋にもう一度訪れた。

「おっ、昨日も来たね。勉強はできたかい?」

「はい、ですが……」

「何かあったかい?」

「えっと……」

説明しようとしたが、舞は本人を前にして急に恥ずかしくなった。すると、イケメン店員が口を開く。

「あの参考書には、最後まで頑張れた子にご褒美が与えられるようになってるんだ」

「そ、そうなんですね……」

舞は恥ずかしくて、店員を直視できない。

「あの……昨日の参考書の続きってありますか?」

「もちろん。たくさん勉強して偉いね。きっと結果に繋がるよ」

「私……勉強頑張るので、昨日のシリーズを、ここにあるだけ買ってもいいですか?」

「もちろんだよ。お買い上げありがとう」

イケメン店員は嬉しそうに微笑んだ。

 

 

それから舞は頑張った。

毎日、勉強した分だけイケメンに会えると思うと、モチベーションは上がった。

すべての勉強を終えると、また新しい参考書を買いに行った。

親と話して、塾をやめてその分のお金で参考書を次々と買った。

結果舞は成績をメキメキと伸ばしていき、遂に受験に合格した。

 

 

合格できたのは、すべてあのふろ本屋のおかげだ。舞はお礼を伝えに行こうと思った。

「あの……おかげ様で、合格することができました」

「よかったね。おめでとう」

「ありがとうございます」

お礼を言いながら思った。合格できたから、もう参考書を買う必要はないのだ。

勉強しなくていいのは嬉しいが、イケメンと会えなくなるのは寂しい。店でも、お風呂でも。

「この店、バイトとか募集してないですか?」

「ん? どうして?」

「これから大学生になるので、私、ここで働かせてもらえないかなと思って」

断られるだろうか……。そう不安に思っていた舞だったが、返ってきた言葉はとても意外なものだった。

「そうか。それは助かるよ。だって……」

イケメン店員は、爽やかな笑顔を浮かべながら言った。

「ちょうど、美女参考書を作ろうと思っていたところだったんだ」

 

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河邉徹

WEAVERのドラマーで小説家。お風呂は一日に何度も浸かる派です。 おふろ部では、お風呂の魅力が伝わるような物語を書いていけたらと思っています!

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