おふろ×アイデア

「猫の湯」

2019-10-01

WEAVERのドラマー、そして小説家である河邉徹による、

お風呂をテーマにした不思議で面白いショートショート連載!第5弾!

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猫の湯

その町には、たくさんのノラ猫たちが暮らしていました。
町で何か変わったことがあれば、猫たちの間でも噂になります。
例えば、最近三丁目の角に引っ越して来たおばあさんは、よく猫たちにご飯を分けてくれるということ。
二丁目にはすぐに尻尾を引っ張ろうとしてくる、困った女の子がいるということ。
一丁目の公園には、捨てられたビニールプールがあって、雨の後はそこに水が溜まるということ。
色んな情報が、猫から猫へと伝わっていきます。
ある天気がいい日、ノラ猫のコロは、煙突のある建物の屋根を歩いていました。
そこはあまり猫たちが寄り付かない建物で、コロも初めて来る場所でした。
コロは、屋根の端から湯気がのぼっているのを見つけました。
端まで行って覗いてみると窓が開いていて、そこから湯気が出ているのでした。
コロが窓の中を興味津々に覗き込むと、そこには不思議な空間が広がっていました。
なんと、人々が気持ちよさそうにお湯に浸かっているのでした。
銭湯というものはコロも聞いたことがありましたが、実物を見るのは初めてでした。
コロは、自分も一度お湯に浸かってみたいと思ったのでした。
しかしそこで、コロは思い出します。
このあたりに、あまり猫たちが寄り付かないのには訳があったのです。
それは、この銭湯のおじいさんが、乱暴な人として猫たちの間で知られていたからでした。
実はこの銭湯のおじいさんは、とにかくこだわりの銭湯をつくりたいという、職人気質な人なのでした。
壁面に描かれた富士山、ヒノキで造られた浴槽、そして少し熱めに調整されたお湯は、頑固なおじいさんのこだわりのものです。
他の町からも銭湯好きがやって来るほど、一部の人には知られたお風呂なのでした。
湯の温度が熱いと苦情を言った客には「この湯がわからねぇやつは二度と来るな!」と、大きな声で怒鳴り散らします。
そんな風に、店の入り口で興奮して怒っている姿を、たまたま猫たちが見ていて噂になっていたのでした。
それでも、好奇心旺盛のコロは、一度火のついた銭湯への興味を抑え切れません。
その日コロは、銭湯に他の客が入るタイミングを狙って、後ろをついて中へ入ってみました。
バレないように脱衣所へ入り、その向こうに湯気が立ちのぼる浴室を見つけました。
コロは一直線で脱衣所を駆け抜け、湯船へと飛び込みました。
バッシャーン。
しぶきを立てて飛び込んだお湯は、コロが想像していたよりも熱いお湯でした。思わず湯から飛び出して、人間はよくこんな熱い湯に入っているなと驚きました。
みんな我慢しながらお湯に浸かっているのでしょうか。
いえ、人間があんなに気持ち良さそうにしていたのには、きっと何か理由があるはずです。
そう思ったコロは、今度は後ろ足からゆっくり入ってみようと試みました。
足をちょんとつけてみます。それでも、やはり熱いです。
「あ、あんなところに猫がいるぞ」「ほんとだ」
そうこうしているうちに、銭湯のお客さんたちはコロがいることに気づき始めました。
番台にいたおじいさんも、騒ぎを聞いてやってきます。
おじいさんはコロを見て、まさか猫がこんなところにいることに驚きました。
湯船のそばにいたコロの体を乱暴に抱え上げると、急いで外へと追い出しました。
「猫に、うちの湯の良さがわかるはずがない。ここは、本当の銭湯好きだけが来る銭湯なんだ」
コロはそんなおじいさんの言葉を背中に、走って逃げました。
もっとゆっくり銭湯を試したかったのですが、またバレてしまったら、今度こそ逃がしてもらえないかもしれません。
コロは悔しくて、それから毎日、散歩のコースに必ずその銭湯の周りを入れることにしました。
そしてある日、銭湯の裏側を歩いていると、あたたかいものが背中に当たりました。
見上げると、長く伸びたパイプから、熱いお湯がポタポタと漏れて落ちてきているのでした。
コロはいいアイデアを思いつきました。
公園にあるビニールプールをここに持って来れば、おじいさんに怒られることなく、銭湯を楽しめるのではないかと思ったのです。
コロは早速公園に行って、ビニールプールを運んで来ることにしました。
プールは自分の体よりずっと大きなものでしたが、中は空気が入っているため、大きさの割にはなんとか運べそうです。
うんしょ、うんしょ、と公園から運んでいると、他の猫たちがコロの姿を見つけました。
「コロ、何をしているんだい?」
「僕は今から銭湯をつくるんだ」
「銭湯?」
「そうさ。きっと気持ち良いに違いないんだ。手伝ってくれるかい?」
他のノラ猫たちも集まって来て、みんなでビニールプールを銭湯の裏側まで運んで来ました。
そしてちょうどビニールプールが、お湯が漏れているパイプの下にくるよう、位置を調節しました。
しばらく待っていると、プールにお湯が溜まってきました。
頃合いを見て、コロは勇気を出してお湯に飛び込んでみます。
「……あたたかくて気持ちいい」
パイプから漏れたお湯は、ちょうどコロにとって心地いい温度になっていたのでした。
「僕らも入っていいかい?」
「もちろんさ」
一緒にここまで運んで来た他の猫たちも、一緒にお湯に浸かります。
みんなはとても気持ち良さそうな顔をしていました。
猫たちの間では、噂はすぐに広まります。
町中の猫たちが銭湯の裏に集まって来ました。
「これが噂に聞いた銭湯だね。僕らも入らせてもらうよ」
「いいけど、順番に入らないと、みんな一緒には入れないよ」
「まだまだ入れるさ。僕ら猫は、どんなに狭いところでも入れるからね」
そう言って、何匹もの猫たちが、同時にお湯の入ったビニールプールに入ろうとしました。
無理矢理入ったものですから、ビニールプールはもうパンパンです。
「もうちょっとそっちに詰めろよ」
「そっちの方が空いてるだろ」
猫同士の押し合いも始まりました。
その時、ビニールプールに猫の爪が当たって、小さな亀裂ができてしまいました。
プシュー、バシャーン。
プールは空気が抜けて、せっかく溜まったお湯は全部流れ出してしまいました。
「何をしているんだ!」
突然、どこからか人間の大きな声が聞こえました。
声が聞こえた方を見ると、そこには銭湯のおじいさんが立っていました。
猫たちは、一目散に逃げ出しました。
しかし、ただコロだけが、空気の抜けたビニールプールの上で動けずに残っていました。
「……ん? お前は、前に銭湯に入って来たやつだな」
今度は逃げられません。
尻尾を掴まれて、振り回されてしまうかもしれないです。
コロが怯えていると、おじいさんは意外なことを言いました。
「自分で銭湯をつくるとは、大したもんだ。そんなにお風呂が好きなのか。それなら、来週もう一度来るといい」
おじいさんはそれだけ言って、どこかへ行ってしまいました。
怒られることなく解放されて、コロは何が起こったのかわかりません。
しかし少し経ってから、さっきおじいさんに言われたことを思い出しました。
「来週……もう一度」
それから一週間が経って、コロは言われた通りに、もう一度銭湯のそばにやって来ました。
するとそこには、中の銭湯と同じように、ヒノキでつくられた小さな銭湯があったのでした。
上には「猫の湯」と書かれています。
おそるおそるコロが浸かると、とても気持ちのいい温度にお湯が調節されていました。
ヒノキの香りも、たまらなく心地いいです。
「気持ちいいか?」
いつのまにかそばに立っていたおじいさんが尋ねました。
コロはお湯に浸かりながら、精一杯頷きました。
「うちの湯の良さがわかるなら、人間も猫も同じだ」
頑固なおじいさんは満足そうな笑顔を浮かべました。
それから猫の湯には、毎日たくさんの猫が集まって来るようになりました。
町の人も、その猫たちの姿に癒されました。
そうしておじいさんのこだわりの銭湯は、その町でさらに愛されるようになりました。

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河邉徹

WEAVERのドラマーで小説家。お風呂は一日に何度も浸かる派です。 おふろ部では、お風呂の魅力が伝わるような物語を書いていけたらと思っています!

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