WEAVERのドラマー、そして広島本大賞2020を受賞した小説家でもある河邉徹による、

お風呂をテーマにした不思議で面白いショートショート連載!第16弾!

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「見たこともないお風呂」

 

「風呂の設計図の募集か……」
届いたメールに書いてあったのは、変な内容だった。
どこかの国の王様が、日本に別荘を建てるらしく、どんな風呂にするのか案を募集しているらしい。見たこともないような風呂を探していると。
俺にメールが届いたのは、向こうが俺のことを知っているからだろう。俺はこれまでにありとあらゆる風呂をプロデュースしてきた。老舗の銭湯、温泉、最新のスーパー銭湯なんかもそうだ。風呂の設計の世界では、百戦錬磨なのだ。
そんな俺に直接仕事を頼むのではなく、案の募集とは、いい度胸だ。
しかし驚いたのは、その報酬の額である。もし自分の案が選ばれると、一生遊んで暮らせるほどの額が手に入るらしい。そんなもの、この俺が本気を出せばもう手に入れたも同然だ。今までずっと努力して、頑張ってきたのだから。
最近は楽しい気持ちになることが少ない日々だった。このチャンスをものにすれば、きっと楽しい日々が待っているに違いない。そう思いながら、俺は案を考え始めた。

見たこともないような風呂ということで、新しい技術を利用した風呂を作ろうと思った。
まだどこにもない、ネオ・ラジウム温泉というものを開発することに決めた。従来あるラジウム温泉というのは、特定の岩石から湯に物質が溶け出すことで、温浴効果を得られるものだ。なので湯が通るところや、浴槽にその岩石を使えば、人工的に温泉と近い効果を作り出すことができる。そこにさらに、湯に特殊な振動を与えることで、さらに体に良い効果を与える仕組みをオリジナルで開発した。これで、湯は確実に新しいものになっただろう。
依頼主がどこの国の王様か知らないが、日本に別荘を持つのだから、日本らしい空気を楽しみたいのかもしれない。なので浴室は檜が香り、松の木が見えるようにしようと思った。
デザインには自信がある。これまでの積み重ねてきた経験が俺にはあるのだ。
作業は着実に進み、新しい風呂の設計図が完成した。

 

設計図を送ってから、返事はなかなかこなかった。どうせ選ばれるだろうと思っていたが、返事がこないと気になってソワソワしてしまう。
そして、ついに返事のメールがきた。
そのメールを開くと、驚くべき内容が書かれてあった。
「選ばれた風呂は……俺のものじゃないだと?」
募集した案の中から選ばれたのは、俺のものではなく、他の人の案だったらしい。しかも、二つも選ばれたそうだ。俺のを外して二つも選ぶなんて、そんなことがあるだろうか。俺は簡単にその現実を受け入れられなかった。
あまりに気になって、俺は一体どんな風呂が選ばれたのかを見に行きたくなった。メールに返事をし、完成した風呂を見に行かせてくれと頼み込んだ。
俺があまりに熱心に頼んだからか、なんと王様は俺を別荘に招待してくれることになった。一応、俺の設計図も目に止まっていたかららしい。そんなのは当たり前だろう。

 

自然豊かな場所にあるその別荘は、さすがに金持ちらしく、玄関から豪華な作りだった。
「どうも、よく来てくれたね!!」
王様だという男は、フランクに元気よく俺のことを迎えてくれた。まるで絵本に出てくる西洋の貴族のような服装だ。赤いマントを羽織って白いタイツを履いている。
「……来てくださってありがとうございます」
王様の隣には執事のような男が立っていて、小さな声でそう言った。

 

 

「いらっしゃい! 僕はシャイ!」
「……王様は恥ずかしがり屋だということです」
王様の言葉の後に、執事がまた小さな声で言った。この人は翻訳をしているのだろうか。と言うか、全く恥ずかしがり屋には見えない。
「早速、選ばれた風呂を見せてもらえますか?」
俺は戸惑いながらもそう言った。
「もちろん! 最高の風呂ができたよ! 君が考えてくれた風呂も良かったけどね! 記念に風呂敷あげる!」
王様は俺に、唐草模様の風呂敷を差し出した。「……記念品です」と執事が言う。意味がわからない。
風呂敷を持ちながら、つれて来られた風呂場は広い空間だった。何もない、シンプルなデザイン。そして真ん中に、なぜか大型の車が置かれていた。中に湯が入るようになっている車型の浴槽で、確かに見たことのないデザインではあった。
「これが、僕が選んだお風呂の一つさ! 良かったら入浴してもいいよ。入浴欲が出てきたでしょ?」
「……入浴したいという欲が出てきましたか? ということです」
執事が言う。
「はい。もし入れるなら、入らせてください」
俺は早速、湯船に浸からせてもらった。真剣に浴槽や湯の質を確かめる。湯はどうやら普通だ。なぜこんな風呂が選ばれたのだろうか? 王様は車好きだったのだろうか? これがそこまですごい風呂には思えない。
「どうだい? 君も気に入ったかい? 貝食べたいかい?」
「……湯船で貝を食べたいか、ということです」
「あの……もう一つ選ばれたという風呂も見せてくれませんか?」
俺は執事の言葉を無視して言った。
「いいよー! 君のいいよーにしてあげるよー!」
「……こちらに来てください」
王様と執事についていくと、また新たな風呂場についた。
今度もシンプルな空間の中に、丸い浴槽がポツンと置いてある。
「こっちも、とっても素敵な風呂だろう? ステッキじゃないよ!」
「……早速入ってみますか?」
執事に言われ、俺は入ってみることにした。
浴槽は木の板を精巧に加工し、丸い大きな筒状にしたものだった。確かに技術力はあるが、自分の風呂が負けているとは到底思えない。
湯船に浸かってみると、足元が変な感じだった。見ると下は、打楽器の打面のような、透明な皮でできている。
「……ではいきますね」
執事が合図をすると、突然湯船の下から振動がきた。下の皮の部分を、何かが叩いているかのようだ。
「これは何ですか?」
「最高でしょう? この世界の誰もこんな風呂に入ったことがない。唯一無二さ。足元もムニムニするだろう?」
俺はもう、我慢の限界だった。
「いい加減にしろ! こんな意味のわからない風呂がいいだなんて、どうかしてるぞ!!」
すごい風呂が選ばれていたのならまだ良かった。負けたと思えただろう。しかし、自分のものが選ばれずに、こんなくだらない風呂が選ばれた事が許せなかった。
俺が声をあげると、王様は目を丸くしていた。
「何が不満? ちなみに僕はホフマン。嘘だけど」
「変なことを言ってないで、どうしてこの二つの風呂を選んだのか説明しろ!」
「……私が説明します」
執事が口を開いた。そうだ、こいつに説明してもらった方がいい。
「一つ目の風呂は、バスのバスです」
「バスのバス……?」
「そうです。バス型のお風呂ということです」
busのbathということか……? ただの大きな車ではなく、言われてみれば、確かにあれはバス型だった。
「そして今のそのお風呂は、楽器のバスドラムを横に倒したものがモチーフになっています。ドラムの、足で叩く部分ですね。たまに下から叩かれて振動がくる装置がついています」
「これが本当の、バス・ドラムだね!」
王様が言った。bass drumをbath drumにしたらしい。
「さっきから、ダジャレばっかりじゃないか……! どこにそんな王様がいるんだ!」
俺はもう一度大きな声を出した。
「僕は……」
王様はこちらをまっすぐ見て、こう言った。
「僕は、ダジャレの国の王様さ」
「ダジャレの国……?」
俺は翻訳を求めて、執事の方を見た。
「……あまり知られていないですが、世界中のダジャレが集まる国です。誰かがダジャレを言うたびに、私たちの国は潤います」
そんな国、聞いたこともない。しかし、普通の人があんな風呂を選ぶわけがない。だとすると、本当にこの人たちは、ダジャレの国から……。
「君も毎日ダジャレを言うようになると、ハッピーになれるよ。さぁ、この法被を羽織ってごらん。さっきの風呂敷もね」
俺は風呂敷を持たされ、渡された法被を羽織った。
よくわからないが、少しだけ、楽しいような気がしてきた。
「君も一緒に、ダジャレの国で暮らすかい? そしてクラス会でもするかい?」
少しくらい、力を抜いて生きた方がいいのだろうか、と思った。

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河邉徹

WEAVERのドラマーで小説家。お風呂は一日に何度も浸かる派です。 おふろ部では、お風呂の魅力が伝わるような物語を書いていけたらと思っています!

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