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おふろ×アイデア

貸切温泉

2019-09-01

WEAVERのドラマー、そして小説家である河邉徹による、

お風呂をテーマにした不思議で面白いショートショート連載!第4弾!

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貸切温泉

「変わった貸切温泉がたくさんある旅館があるんだって」
 明美がそう言うから、俺たちは二人で温泉のある旅館に行くことになった。
 俺が運転する車で、二人で山の中にある旅館までやって来た。
「こんなところに温泉があるんだな。聞いたこともなかった」
「私も友達からこっそり聞いたの。カップルにぴったりの不思議な効能があって、女性たちの間でしか知られていないんだって。拓也が知らないのも無理はないわ」
「へぇ。カップルにぴったりって、どんなのだろうね」
 女性の情報力はすごいものだ。こんな田舎の温泉のことまで話題になるだなんて。
 旅館の外観は、老舗らしい歴史の感じるものだった。部屋に案内されて、畳の上に荷物を置くと、明美は早速温泉に入ろうと言い出した。
「ちょっと休んでからでいいんじゃないか?」
「温泉が目的だったのよ。早く行きましょう」
 いつになく、急いでいるようだった。
 せめて浴衣に着替えようと俺は言って、二人とも部屋にあった浴衣に着替えることにした。その時、ズボンのポケットに入っていた携帯が振動しているのに気がついた。
 多分、あの子からの電話だろう。危ないところだ。携帯はロックをかけて、電源を切って部屋に置いておかなければ。
 実はここのところしばらく、クラブで出会った年下の女の子と、こっそりバレないようにデートしているのだ。
 まぁ、浮気なんて仕方ないものだ。俺と明美も、付き合い初めて四年が経つ。
 もうときめきなんてものは、最初の頃と比べると減ってしまった。
 しかし、バレたらとんでもなく怒られることだろう。見つからないように遊ばなくてはならない。
 浴衣に着替えた俺たちは、二人で温泉に向かった。
 温泉は旅館の建物から少し離れたところにあるようで、石で作られた細い道を俺たちは歩いて行った。
 しばらく進むと、「貸切温泉、こちら」と書かれた木の看板が置かれていた。その先には、段差が低い石の階段が長く続いている。
 階段を上りきると、小屋のような脱衣所が見えてきた。
「見て見て、『一の湯、絶景温泉』って書いてあるよ」
「絶景か。階段を上ったのも、それが理由かもな」
 脱衣所の中に入ると、ガラスの扉の向こうに温泉が見えた。そしてその後ろには、遠くの山まで見渡せる、見晴らしのいい景色が広がっていた。
「わぁ~! すごい」
 明美ははしゃいでいた。連れて来られた俺も、さすがにいい景色に気持ちは高ぶってきた。
 二人とも服を脱ぎ、掛け湯をして湯船に浸かる。温泉はかなり広くて解放感がある。
「わぁ~。本当に絶景ね!」
「そうだな」
「お湯に浸かりながら、こんな絶景を見られるなんて最高ね。私、ずっと温泉に来たかったの。この前も友達がね、………」
 明美は喋り続けている。話すことが好きな彼女は、いつも友達と何があったかなどを俺に報告してくる。大体、適当に相槌を打っておけば成立するので、特に問題はないのだが。
「さぁ、そろそろ行こっか」
 一通り話を終えたところで、明美は言った。
「あれ、意外と早いんだな」
「だって、まだまだ温泉が続くのに、一つに長湯してたらのぼせちゃうわ」
「まだまだ続く?」
「そうよ。さっき、一の湯って書いてあったでしょ? ここは四の湯まであるのよ。順番に入るのが良いとされているの」
 何と、温泉はこれで終わりではないらしい。決まったコースがあるのかもしれない。俺は正直面倒に思いながらも、明美の後について温泉から出た。
 また浴衣を着て、脱衣所から少し歩く。すると今度は二の湯と書かれた看板が現れた。
 今度は何の温泉だろうと思って見ると、そこに書かれていた言葉は、想像とは全く違うものだった。
「……なんだこれ? 変な名前だな」
 何とその看板には、「二の湯、賞賛温泉」と書かれていたのだ。
 さっきの絶景温泉というのはわかる。言葉の通り、絶景が見える温泉だ。しかし、賞賛とは人の行動だ。一体どういうことだろうか。
「そうね。早速入ってみましょう」
 またさっきと同じように脱衣所で服を脱ぎ、二人で湯船に浸かった。絶景ではないものの、こちらの温泉も広さがあって気持ちがいい。家のお風呂と違って、手足を伸ばせるだけでもいいも
のだ。
 隣に明美がいるわけだが、俺はふと、最近デートしている女の子のことを思い出していた。彼女とこんな風に温泉旅行をするのも楽しいかもしれない。
 やっぱり、見慣れた彼女よりも、年下の可愛い女の子はいい。ずっとチャーハンを食べているよりも、間に餃子を挟んだ方が、どちらも美味しく食べられるものだ。
 しかし、チャーハンである明美がもう少し可愛ければ……。そんなことを思いながら、明美をちらりと見たときだった。
「明美は、今日も可愛いな。世界で一番可愛いよ」
 俺は言ってから、驚いて思わず自分の口を触った。何と、言おうとも思っていなかった言葉が口から飛び出したのだ。
「拓也くんも世界で一番かっこいいよ」
 明美は嬉しそうにそう返した。
「俺、本当に明美と出会えてよかったよ」
 まただ! 全く意図しない言葉が口から飛び出してくる。
「こんな温泉を見つけてくるなんて、明美は最高の彼女だよ」
 どうして自分の口から、こんな言葉が自動で出てくるのだろうか。
「いや、拓也と来れたから最高なんだよ。こんな素敵な人が彼氏でよかった」
「俺もこんな素敵な人が彼女でよかった」
 これは地獄である。
 そう思いながら、ふとこの温泉の名前を思い出した。確か「賞賛温泉」だったはずだ。さっきの「絶景温泉」は名前通り絶景だった。
 するとこの「賞賛温泉」は、入ったら誰かのことを賞賛してしまう、不思議な温泉なのだろうか。
 おしゃべりの明美は、いつにも増して饒舌になっている。しかもその言葉が全て、俺を褒める言葉ばかりなのだ。
 そして俺もまた、明美を褒める歯の浮くようなセリフが口から飛び出してくる。
 俺はたまらなくなって、急いでお風呂から出た。出ると、さっきまでの言葉は嘘のように止まった。
 少し恥ずかしい気持ちになりながら、すぐに浴衣を着る。
「……なんか変なお湯だったな」
「そうね。私、何だか素直になれた気がする」
 怖い。あんな褒め言葉が素直だなんて、逆に怖い。
「じゃあ、次のお湯に行きましょう」
「……もう十分温まったし、一度部屋に戻るのはどうかな?」
「ダメよ。ちゃんと四の湯まで入ることに意味があるのよ」
 逃げ出そうと思ったが、どうもそれは難しいらしい。
 あと二つ。一体どんな温泉が待ち受けているのだろうか。
 また二人で石の道をしばらく行くと、三の湯の看板が立てられていた。
「何だこれは……?」
 また、看板にはおかしな温泉の名前が書かれていた。三の湯は「沈黙温泉」という名前のようだ。
「また変な名前の温泉ね。さぁ、行きましょう」
 明美は俺の浴衣の袖を掴み、ぐいぐいと前に進んで行く。
 俺は脱衣所で渋々服を脱ぎ、ガラスの扉を開けて温泉に向かった。
 今度は一体どんな効果のある温泉なのだろうか。
 勇気を出して、足から温かいお湯に入る。そして、一気に肩まで浸かってみる。心地いい温度にホッとする。それにしても静かな温泉だ。……静か?
 そうだ、明美の声が聞こえないのだ。驚いて明美の方を見ると、彼女は黙って空を見上げていた。いつものように、おしゃべりをしない。
 俺も黙って、空を見上げた。山の上だからか星も綺麗で、俺は思わず息を漏らした。
 これはいい温泉だ。
 星を見上げて、静かに二人で過ごす。
 黙っているからこそわかる、お互いの魅力もある。何も話さなくてもこうやって一緒にいられるというのは、特別なことなのではないだろうか。
 自然と、さっきよりも長湯をしてしまっていることに気がついた。あと一つ、まだ温泉は残っているのだ。俺が温泉から出ると、明美も黙ってついて来た。
「……ここも、いい温泉だったね」
「そうだな」
 俺たちはそれだけ言って、また浴衣を着て脱衣所を出た。
 絶景温泉は絶景が見える温泉。賞賛温泉は賞賛し合う温泉。沈黙温泉は沈黙になる温泉。
 いい景色を見て、互いを褒め合って、そして黙って互いの大切さを感じ合う。
 明美から、ここはカップルに最適の温泉だと聞いていた。もしかすると、カップルの関係を良好にするための温泉なのかもしれない。
 そうだ、こうやってチャーハンとの関係が良くなれば、餃子だってもっと楽しめるはずだ。あの子との温泉旅行は、この温泉にしようかな。
 そんなことを思って歩いていると、最後の温泉の看板が見えた。
「さぁ、最後はどんな温泉だろうな」
 俺は軽い足取りで看板に歩みを進めた。

 しかし、そこには驚きの言葉が記されていた。

 ――正直温泉

「さぁ、早く入りましょうよ」
 こちらを見てそう言う明美の目は、全く笑っていなかった

河邉徹

河邉徹

WEAVERのドラマーで小説家。お風呂は一日に何度も浸かる派です。 おふろ部では、お風呂の魅力が伝わるような物語を書いていけたらと思っています!

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