こんにちは!

バイト後にはどうしてもまっすぐお風呂に向かえない、ぴっかりです。

 

さて今回からは、【全くためにならないお風呂のトリビア】というシリーズで記事を書いていこうと思います!全くためにならないって逆にムズカシイ。

 

*江戸時代の銭湯は混浴だった*

歴史編、ということで江戸時代のお風呂のはなしから。

江戸 風呂

出典 江戸ガイド

 

この時代のひとはお風呂が大好きで、1日に少なくとも2回はお風呂に入っていたそう!

月に数回しかはいらないイメージだったので、びっくりでした。

しかし家にお風呂がある家庭はほとんどなく、みんな銭湯に通っていたため

銭湯の文化が発達した時代でもありました。

 

また男湯、女湯に分けることは経済的に厳しかったため、混浴が一般的でした。

江戸時代うらやましい!(筆者は女です。)

 

男女が裸で入浴していれば、欲情する人がいても不思議ではありません。

実際、混浴の風呂では行為に及ぶ人たちも少なからずいたようです。

そうした風紀の乱れを危惧した江戸幕府は、寛政の改革の中で混浴を禁止する旨のお触れを出しました。

混浴が禁止されると、銭湯経営者は一日おきに男性の日、女性の日と分けて入浴させるようになりました。

しかし、それでは客が少なくなるため、湯船の上に板をはり、男女別々にして営業するようになります。

一応仕切りがあるため混浴ではありませんが、区切られているのは湯の上だけ。

浴槽内には仕切りがないため、のぞくことは簡単でした。

 

このように、江戸時代を通して混浴の文化は続いたそうです。

 

参考文献:江戸時代のちょっとびっくりな文化や生活 

 

*名前はきいたこある…五右衛門風呂*

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出典 PHOTO HITO

 

五右衛門風呂は、日本の風呂の種類のひとつ。

由来は、安土桃山時代に盗賊の石川五右衛門が、京都の三条河原で釜茹での刑に処されたところからといわれています。

 

気軽に入浴できる据え風呂として、江戸時代の初期ごろから

初めて家庭用のお風呂として普及しました。

 

やっぱりお風呂の歴史は江戸につながる。

 

あと、このかたちのお風呂をみて思い出されるのはトトロに出てくるサツキとメイちゃんちのお風呂でした(=^・^=)

 

*じゃあ江戸時代以前はどうしてたのか?*

石風呂

出典 一般社団法人防府市観光協会

 

お風呂の文化は、6世紀の飛鳥時代あたりで仏教の教えとともに日本に伝わってきたとされています。

「汚れを落とすことは仏に仕えるものの仕事」などと説かれ、

今でも東大寺や興福寺に浴堂が残っています。

 

日本のお風呂で最も古いのは石風呂というもので、自然の岩窟で蒸気浴をするものでした。

 

昔は大量の水を沸かしてお風呂に入るということはとても贅沢だったため、

庶民はお湯のない蒸し風呂を使っていたそうです。

江戸 

出典 硯水亭歳時記

 

全くためにならないお風呂のトリビア、いかがでしたでしょうか?

 

これらの知識があっても、生活では全く役にたたないことを保証できます。

でも、そんな無駄なことが楽しいんですよね!!

 

次回もただただ楽しいだけの無駄な知識を、みなさまにお届けします。